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インサイダー取引規制における「決定」の意義―村上ファンド事件最高裁決定

2011年6月29日 柳 勝久

平成23年6月6日、最高裁は、いわゆる村上ファンドによるニッポン放送株式をめぐるインサイダー取引規制違反事件につき、村上ファンドの代表者であった村上世彰氏及び同氏のファンド運用会社の上告を棄却し、これらを有罪とした高裁判決(村上氏を懲役2年・執行猶予3年及び罰金300万円の併科並びに追徴11億4900万6326円、ファンド運用会社を罰金2億円に処する判決)が確定した。
本件における論点の中でも、とりわけ、どのような場合に「公開買付け等を行うことについての決定」があったといえるかという点に関しては、地裁、高裁レベルで異なった判断枠組みが示され、実務的にも大きな波紋を呼んでいたが、この点に関する最高裁の判断が示されたことにより、ひとまずの決着を見た。そこで以下では、本件で特に問題となった「決定」の意義について、簡単に紹介したい。

1 インサイダー取引規制の概要

金融商品取引法(以下「法」)は、上場会社等の重要事実を知って行う取引(法166条)と、公開買付け等事実を知って行う取引(法167条)を、インサイダー取引として規制している。本件では、167条の公開買付け等に係るインサイダー取引規制の適用が問題となっており、その要件は、概ね、公開買付者等(本件では、ライブドア)が「公開買付け等を行うことについての決定」をしたことを知った者(本件では、村上氏)が、その事実が公表される前に、対象会社(本件では、ニッポン放送)の株式を買い付けることである。「公開買付け等」には、公開買付け(法27条の2第1項、法27条の22の2第1項)のほか、公開買付けに準ずる行為として、対象会社の総株主の議決権数の5%以上を買い集める行為が含まれ(法167条1項、同法施行令31条)、本件では、ライブドアによるニッポン放送株を買い集めるとの決定が、「公開買付け等(議決権5%以上の買集め)を行うことについての決定」に該当するかが問題となった。
なお、本件に適用される当時の法令は証券取引法であるが、インサイダー取引規制の内容は、現行の金融商品取引法と実質的には異ならない。

2 「決定」の意義に関する問題点

公開買付け等に係るインサイダー取引規制(法167条)は、公開買付者等が「公開買付け等を行うことについての決定をしたこと」(実施の決定)、または「公開買付け等を行わないことを決定したこと」(中止の決定)を知って株式の売買を行うことを禁じている(同条2項)。これは、上場会社等の重要事実に係るインサイダー取引規制(法166条)において、上場会社等が一定の重要な事項「を行うことについての決定をしたこと」、または当該決定に係る事項「を行わないことを決定したこと」(同条2項1号)を知って株式の売買を行うことを禁じているのと同様の規定ぶりになっている。ここで、中止の決定の場合には「行わないこと」の「決定」と規定しているのとは対照的に、実施の決定の場合には(「行うことの決定」ではなく)「行うことについての決定」と規定し、両者の文言をあえて区別しているのは、「行うことについての決定」とは、ある程度幅のある概念であり、当該事項(本件では、公開買付け等)の調査や、準備、交渉等といった活動を会社の業務として行う決定も「決定」に含める趣旨である。
そこで、どのような事情があれば「公開買付け等を行うことについての決定」があったと評価できるか、という問題が生じることになり、まさに、本件ではこの点が争点となった。

3 リーディング・ケース~日本織物加工事件

この点に関するリーディング・ケースとしては、日本織物加工事件最高裁判決(最高裁平成11年6月10日判決)が挙げられる。同判決は、A社(日本織物加工株式会社)がB社との間でM&Aの一環として第三者割当増資を行うことで合意し、新株発行を行う旨決定したところ(ただし、この段階では最終的なM&Aの帰趨は未確定であった。)、B社の監査役(弁護士)がA社の株式を買い付けたという事案について、「『株式の発行』を行うことについての『決定』をしたとは、・・・(会社の業務執行を決定する)機関において、株式の発行それ自体や株式の発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものであり、右決定をしたというためには、・・・(会社の業務執行を決定する)機関において株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが、当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない」と判断した。
このように判断した理由として、最高裁は、「そのような決定の事実は、それのみで投資者の投資判断に影響を及ぼし得るものであり、その事実を知ってする会社関係者らの当該事実の公表前における有価証券の売買等を規制することは、証券市場の公正性、健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという法の目的に資するものであるとともに、規制範囲の明確化の見地から株式の発行を行うことについての決定それ自体を重要事実として明示した法の趣旨にも沿うものであるからである」としている。

4 本件について

(1)第1審判決(東京地裁平成19年7月19日判決)

本件で問題視されたのは、ライブドアがニッポン放送株の3分の1を目標に買集めを行うことを決定し、このことをライブドア関係者から聞いた村上氏が、同氏のファンド運用会社を通じてニッポン放送株を買い付けたという行為である。なお、ライブドアの資金調達の見込みや当時の財務状態などに照らすと、ライブドアは、ニッポン放送株の買集めを決定した段階において、議決権の5%以上を買い集めるに足りる資金を確保できると考えられる状況にあった。
第1審の東京地裁は、「公開買付け等を行うことについての決定」の意義について、「公開買付け等の実現を意図して行ったことを要するが、それで足りる」とし、「当該公開買付け等が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要」せず、「実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題とならない」と判示した。
このような実現可能性の程度を問題としない東京地裁の判断に対しては、実現可能性が極めて低い情報についてもインサイダー情報に該当するのであれば、投資判断に著しい影響を及ぼすことのないような事実まで規制の対象となり、証券取引について委縮効果を生じさせるのではないかといった批判が強く向けられていた。

(2)控訴審判決(東京高裁平成21年2月3日判決)

これに対し、控訴審の東京高裁は、「実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題とならない」とする東京地裁の判断には「賛同できない」とし、「決定に係る内容(公開買付け等、本件でいえば、大量株券買集め行為)が確実に行われるという予測が成り立つことまでは要しないが、その決定にはそれ相応の実現可能性が必要である」との判断を示した。
東京地裁が示した判断基準を修正し、インサイダー取引規制の要件として、「それ相応の実現可能性」が必要となるとした東京高裁の判断に対しては、規制対象を適正な範囲に限定するものであるといった肯定的な評価が多く見受けられた。

(3)最高裁決定(最高裁平成23年6月6日決定)

このような高裁の判断を受けて、最高裁は、次のように判示した。すなわち、「公開買付け等の実現可能性が全くあるいはほとんど存在せず、一般の投資者の投資判断に影響を及ぼすことが想定されないために、・・・『公開買付け等を行うことについての決定』というべき実質を有しない場合があり得るのは別として、上記『決定』をしたというためには、・・・(会社の業務執行を決定する)機関において、公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しない」とし、それ相応の根拠を持って実現可能性があることを「決定」の要件とした高裁の判断を、「相当でない」として否定した。

5 結びに

本件は、ニッポン放送株の議決権5%以上の買集めについて、実現可能性がないとは到底いえない事案であり、村上氏及び同氏のファンド運用会社を有罪とした結論自体には、異論はないものと思われるが、以上のように、その結論を導く東京地裁、東京高裁、最高裁の判断枠組みはそれぞれ異なっている。ただ、実現可能性があることが具体的に認められることは要しないとする最高裁の形式主義的な判断基準は、実現可能性がない場合は除かれるが、あれば足りその高低を問題としないとする東京地裁の判断基準に近いものといえる。
本件の最高裁決定に対する評価としては、「それ相応の実現可能性」という、明確性に欠ける要件を要求した高裁判決を否定し、規制範囲を明確化したという肯定的な評価もあり得る一方で、投資判断に影響を与えるか疑問の余地がある情報までインサイダー取引規制の対象とされる可能性が残り、過剰な規制になるとの批判も当然あり得、その評価は分かれるところであろう。
今後は、最高裁が示した判断基準に沿って、個別の事案ごとにインサイダー取引該当性が判断されることとなる。最高裁の判断基準の射程が必ずしも判然としない一方、少なくとも具体的な実現可能性を要件としないことが明示されている以上、たとえば、合併や公開買付けなどインサイダー取引規制の対象となる事項の実施に向け、早期の段階での調査を行うことを決定したにすぎないような場合であっても、事案によっては、これがインサイダー情報に該当する可能性もあり、関係者は十分に注意する必要がある。

外部受託業者・独立事業者と労働組合法上の「労働者」-INAXメンテナンス事件及び新国立劇場運営財団事件最高裁判決

2011年4月28日 宮本 英治

1 はじめに

今年4月12日に、労働組合法上の労働者概念に関する2つの最高裁(第3小法廷)判決が言い渡された。会社と業務委託契約を締結してその修理補修等の業務に従事する者、財団と出演契約を締結していた合唱団員について、いずれも、労組法上の労働者として認めたものである。

従来から、管弦楽団員(中日放送管弦楽団事件(注1))やプロ野球選手(注2)のような独立事業者である熟練技能者が労組法上の労働者といえるかどうかが問題になっていたが、近年、会社の従業員が行っていた仕事を外部の個人業者に委託する(アウトソーシング化)事例が増えており、特定企業の一定業務を専属的に処理するこれらの外部受託業者が、労働組合に加入し、団体交渉を求め、これに対して会社が外部受託業者は労組法上の労働者ではないとして、団体交渉を拒否し、争いになる事例が出てきている。

労組法上の労働者は、「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者(労組法3条)」と定義されており、労働組合を結成して、会社と労働条件その他の待遇等について団体交渉を行うことができるが、実際にどのような場合に労組法上の労働者と認められるのかについては、その判断基準や具体的な適用をめぐって、労働委員会や下級審の判断が分かれていた。上記2つの判決の概要を紹介し、これらの判決の意義及びその及ぼす影響等について、検討していきたい。

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原子力損害の賠償に関する法律に基づく損害賠償―福島第一原子力発電所事故をめぐって

2011年4月6日  豊島 維

1 はじめに

東日本大震災によって損傷を受けた福島第一原子力発電所(以下「第一原発」)の問題は、長期化するばかりでなく日を追うごとに深刻さの度合いを増し、被害が広がっている。そして、その補償の問題に関し、原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」)の内容、それが今回の事象に適用されるか、適用があるとして、どの範囲の損害についてどのような救済が与えられるのかという問題に大きな関心が集まっている。しかし、東日本大震災自体が未曽有の事象であり、原賠法の制定過程においても、原賠法の運用をめぐるこれまでの議論においても、今回のような事態は想定されてこなかったという事情があり、原賠法の解釈、適用の問題はそう単純ではない。そこで、以下においては、原賠法の概要をかいつまんで紹介したうえ、問題点の整理、検討を試みたい。 続きを読む